【韓国】「MERS悪夢」を想起させる日帝時代の肺結核災難~チョン・ウヨン著「私たちの歴史は深い1・2」
1:蚯蚓φ ★@\(^o^)/:2015/06/12(金) 21:33:25.29 ID:???.net
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日帝時代肺結核災難で‘メルス悪夢’思い出させる
1928年、米国人宣教師シャーウッド・ホール(Sherwood Hall)は黄海道海州(ファンヘド・ヘジュ)に
‘結核患者の衛生学校’を建てた。我が国初の結核患者専門療養施設だった。全国から患者が駆せ参じると
すぐにシャーウッド・ホールは名前を‘海州救世療養院’に変えて本格的な肺結核患者専門療養機関として
運営することにしたが問題はお金だった。解決策に出てきたのがクリスマス・シールだった。
衛生学校設立からクリスマス・シール発行までの過程を見れば初期の産業化時代の代表的な伝染病である
肺結核を扱う当時の当局の無能が明らかになる。1920~30年代植民地朝鮮は‘肺結核の土地’だった。
1936年、朝鮮総督府は40万人の肺結核患者がおり、毎年4万人がこの病気で死ぬと推算した。しかし、出した
予防対策は公共の場所でタンを唾吐く痰壺を備えつけて患者らを隔離するように指示する程度に留まった。
MERS(中東呼吸器症候群)拡散後、‘煮ていないラクダ肉、滅菌していないラクダ牛乳を飲むな’という
予防対策を出して、隔離のほかはよい対策を提示できずにいる今の政府が自然に思い出される。
歴史は単に過去のことではなく現在を照らす鏡になりうることを見せる大きな課題だ。
‘私たちの歴史は深い1・2’(青い歴史)の著者チョン・ウヨンが強調する点だ。(後略)
シャーウッド・ホールが肺結核患者療養病院を運営するために発行したクリスマス・シールの最初の図案。
肺結核患者病院の設立過程を見れば朝鮮総督府が肺結核を扱う際の無能と無責任があらわれる。青い歴史提供
カン・グヨン記者
ソース:世界日報(韓国語)
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